日本の街に巨大な動物が出現…?!《楽園を探して》” 中野 修一 “

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秋田県湯沢市を中心に活動されているアーティスト”中野修一 氏”。

彼の作品集《楽園を探して》は日本の街を彷徨う巨大な動物の姿が描かれている。普段見慣れている風景にどこからどもなく出現したのか、それともここに住み着いているのか…。静かな動物たちをあり得ないサイズで描いた作品は圧倒的なインパクトで、まるで人間の存在価値を浮き彫りにしているようにも感じます。

icon-desktop Shuichi Nakano website

icon-arrow-circle-down《夢の途中 / 2005》
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icon-arrow-circle-down《5時25分の寒気 / 2008》
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icon-arrow-circle-down《春の園  / 2006》
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中野修一 氏は自身のブログでこの作品についての想いやコンセプトなどを書いており、このブログはマメに更新されていて活動内容の幅広さも感じる事ができます…!

初めて描いたのは「大阪梅田から見たヒツジの群れ」で、大阪の街並の中にヒツジがボーッとしているという構図。
「芸術家」というよりは職人「絵描き」に近い自分にとって、描いている間は「このヒツジの毛並みが...」とか「このビルの影の色が...」とか、細部を見ている事が多い。
そしていざ、作品が完成して、全体を眺めてみると私がイメージしていた「どこか間の抜けたような牧歌的作品」というよりは、それとは似ても似つかない違和感みたいなものを強く感じたのです。
サル、キリン、ダチョウ、クエ...
そんな物をいくつ描いてみても、やっぱりその「異質感」みたいな感覚はついて回ります。
そんな時、前述のような話を耳にして、再び、その昔の感情が突然、舞い戻ってきます。そしてその違和感を落ち着けるべく、一つの解答を用意しようと考えを巡らせます。

この動物たちは、「自分の姿」ではないのか?

現状に満足できず「楽園」を捜している自分。
そのくせ「楽園なんかどこにもあるはずがない」とあきらめている自分。そして自分以外の周囲に対して無関心な自分。
そう考えた時、別の気持ち悪さは残るけれども、最初に感じた違和感だけは、少し無くなるような気がします。この解答が正しいのかどうかは判りません。また答えが一つとも限りません。
だからこそ、作品を見て「楽しい気持ち」で帰られる方もあればで、「哀しい気持ち」で家路につかれる方もいるのでしょう。

もちろん私としては、どんな想いであれ、「想い」を抱いてもらえたという事は、ある意味成功だったのかもしれません。

-中野修一BLOG “世界のカケラを眺めながら”

icon-arrow-circle-down《楽園を探して / 2007》
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icon-arrow-circle-down《荒天の予感 / 2008》
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icon-arrow-circle-down《帰り道を忘れて / 2008》
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icon-arrow-circle-down《13年目の奇跡  / 2008》
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icon-arrow-circle-down《初秋の風、夏の余韻 / 2010》
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icon-arrow-circle-down《春の終わりに / 2010》
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icon-arrow-circle-down《ココに咲く花 / 2010》
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上記の作品《ココに咲く花》についてもブログで解説してらっしゃいます。この作品に付随している詩がこちらです。

ここはみんなが集まる場所で、
ここはいつもにぎやかな場所。
こんな所に、大きなサクラの樹があって、
たくさん花をつけたなら、
みんな お弁当や飲み物を持って

ワイワイ、集まって来るのかな?
そんな楽しそうな場所を見つけたから、
ボクらもココに降りてみよう。

-中野修一BLOG “世界のカケラを眺めながら”

 

icon-arrow-circle-down《夢に見た場所へ / 2010》
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世界がこんな風に変わってしまったら…なんてつい思ってしまいますね。勝手に色んなストーリーを考えさせてくれる素晴らしい作品だと思います。

なんだか普段考えないようなファンタジーなことや、すごくリアルな理論を踏まえての想像も尽きません…!

via : Shuichi Nakano website  , 中野修一BLOG

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