ピカソも愛した 日本の”春画” 江戸時代の最高技術がそこにはあった

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icon-lightbulb-o 筆者の祖父が亡くなった時、遺品は家族にそれぞれ分けられたのですが、筆者の元に回って来たのは手描きの春画でした。生真面目な祖父からは考えられない程の内容で、誇張された性器やあり得ない体位などを描いた謎の芸術。後にそれが「春画」と呼ばれることを知り興味を持ちました。

icon-arrow-circle-down有名な葛飾北斎の作品
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(出典http://www.kita-colle.com/ )

icon-angle-double-right昨年には世界最大の博物館であるイギリスの大英博物館で「Shunga(春画)展」がありました。今や美術・芸術の分野として注目されている日本人のトラディッショナル・サブカルチャーになっています。

icon-arrow-circle-down当時は日本で見られない作品が展示されました。
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(出典http://blog.goo.ne.jp/hayama_001/ )

icon-question-circle 「春画」ってなーに?

icon-angle-double-rightともあれ日本でも企画展があったりと騒がしく注目される「春画」。一体なんなんでしょうか。

icon-arrow-circle-down「ハーレム」ですがリアルですね
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(出典http://page.freett.com/ )

春本・春画とは、男女の性的な営みを描いた挿絵や、好色的な内容の本文を持つ本、あるいは 、男女の交わりを描いた肉筆画、版画などを指す。現在ではこれらの作品を指すときに「春本」「春画」という呼称が一般的であるが、近世期には「枕絵」「笑 い絵」 や、「絵本」「艶本」「会本」「笑本」(いずれも「えほん」と読む)など、様々な呼び方があった。
(出典http://www.arc.ritsumei.ac.jp/)

icon-arrow-circle-down「絵本」で捉え間違えたら大変なことになります
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(出典http://ja.ukiyo-e.org/ )

近世期に活躍した浮世絵師のほとんどは、春画制作に関わっている。菱川師宣をはじめ、西川祐信や鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎歌川国芳な ど、多くの絵師が春本・春画に筆をとった。また、柳亭種彦や為永春水などの戯作者や、大田南畝などの文人たちも、春本の作者として数々の作品を残してい る。ただし、享保の改革による取り締まり以降、処罰を免れるため、作者、絵師の名前は伏せられ、代わりに隠号が用いられるようになる。例を挙げれば、北斎 は「紫色雁高(ししきがんこう)」、国芳は「一妙開程芳(いちみょうかいほどよし)」、種彦は「九尻亭左寝彦(くじりていさねひこ)」などを用いていた。
(出典http://www.arc.ritsumei.ac.jp/)

icon-arrow-circle-down歌川国芳の企画展は昨年ありましたね
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(出典 http://www.geocities.jp/toshiyoshi66jp/)

近世期の春本・春画の表現は、実に多様で豊かであった。作者や絵師は、男女の性愛の姿をただ描くだけではなく、言葉や和歌を添え、その背景にある物語を読 ませた。また、当時流行していた歌舞伎や戯作の形式や手法などを積極的に取り込み、常に新たな表現を作りだそうとしていた。
春本・春画は、技術的な面でも、その他の 浮世絵や版本を凌ぐ 高い水準を保っていた。当時の摺・彫の最高技術や造本の豪華さを楽しむことが出来るのも、春本・春画の特色の一つであろう。
(出典http://www.arc.ritsumei.ac.jp/)

icon-arrow-circle-down柳亭種彦。江戸時代後期の戯作者。
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(出典http://aucview.aucfan.com/ )

このように、春本・春画は、近世期の文化の中で重要な役割を果たしていたが、現在まで十分な研究がされてきたとは言い難い状況にある。近世期に制作された 春本・春画の総数はどれほどなのか、どのような流通経路があったのか、浮世絵や文芸などの表現媒体とはどのような関連があるのか、といった基礎的な問題で すらもほとんど明らかになっていない。これらの問題を一つ一つ詳細に検討することで、春本・春画自体の研究を進めることはもちろんだが、これらの資料から 浮世絵や文芸に関する新たな知見を得られる可能性は未知数であると言えるだろう。

(出典http://www.arc.ritsumei.ac.jp/)

icon-angle-double-rightルーツなどは諸説あるもの国内外から評価を受けている春画。上記にあるように江戸幕府からの規制を逃れるために隠号を使っている作家が多かった様です。

その江戸時代の春画はおもしろい環境下で制作されていたようです。

享保7年(1722年)享保の改革によって全面的に好色的な書物は禁止されてしまいます。しかし適当なもので数年経つとその効力も薄れ、発禁される度に名前を変えたりしながら作家はアンダーグラウンドで流通させていました。

icon-arrow-circle-downエッチなのは見ちゃダメ、絶対。
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(出典 http://www.kawagoe.com/)

icon-angle-double-right  しかし当時禁止の対象となったのは、好色的な内容そのものよりも、好色本ジャンルが階級制度に対する不信感を表す媒体だったみたいです。なので今言われる「春画」のように「もろエッチ!」なものはさほど規制はされなかったようです。逆に「浮世絵」みたいに社会風刺をしてしまうものは規制されてしまったみたいです。

icon-arrow-circle-down確かに地味です
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(出典http://blog.goo.ne.jp/yousan02/ )

icon-angle-double-rightうまいこと政府から逃れて来た春画は今の時代になり、世界的に評価されるものになりました。規制されてもやり続けた作家さんたちには拍手を送りたいです。社会風刺でない分表現に様々な方法がとれたこともあり、極彩色で当時最高の技術を使われていたらしくまさに「最先端の嗜好書物」だったんですかね。これからどう評価が流れて行くか注目です。

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